油すましの独り言・・・。(大相撲編)

アクセスカウンタ

zoom RSS 平成4年(1992年)1月場所

<<   作成日時 : 2008/09/12 00:01   >>

トラックバック 0 / コメント 2

「大相撲テレビ観戦記」
世代交代。此の言葉がピッタリじゃないかと思う本場所で御座いました。幕内では、東横綱北勝海は左膝内障にため全休、西横綱旭富士は再起を目指して土俵に上がりましたが初日から3連敗を喫し、引退しました。師匠と同じ膵臓炎に悩まされ実力を十運発揮出来ないまま、僅か在位9場所の短命に終わりました。2人に代わり大活躍したのが、西小結曙と若貴兄弟の3人でした。特に、東前頭2枚目の貴花田は2日目に曙に押し倒しで負けた意外は、力強い相撲で他を圧倒し、14勝1敗で史上最年少の19歳5ヶ月で初めて優勝しました(史上初の10代優勝)。また所要場所数24場所(幕下付出を除く)も、年6場所制になった昭和33年以降では最短で、親子2代の優勝(父は藤島親方、元大関貴ノ花)も史上初めてでした。
画像
曙も13勝2敗で優勝次点、若花田も西前頭筆頭で10勝5敗と大健闘の場所でした。唯一上位陣で気を吐いたのが連覇を狙った東大関の小錦で12勝を挙げましたが7日目までに3敗を喫し、後半8連勝したものの及びませんでした。西大関の霧島は8勝に終わりました。また、元小結の玉龍が土俵を去りました。

・三賞は、優勝した貴花田が殊勲(3回目)、敢闘(2回目)、技能(3回目)を総なめする快挙で、此れは昭和48年9月場所の大錦以来3人目の事でした。若花田も技能賞を受賞(2回目)し、兄弟三賞は平成元年1月場所の逆鉾、寺尾以来で若貴同時受賞は初めてでした。曙も殊勲(3回目)、敢闘(2回目)両賞を受賞しました。三賞は何れもダブル受賞で、述べ6人受賞は史上最多でした。

・十両では、元幕内の東2枚目の豊ノ海が12勝3敗で2回目の優勝をし、来場所の再入幕を確実なものとしました。尚、藤島部屋からの幕内優勝は昭和57年の部屋創設以来初めてで、藤島勢の幕内・十両優勝は、昭和50年7月場所の二所ノ関部屋(金剛・天龍)以来でした。

・幕下優勝=西46枚目・吉種(最高位=前頭筆頭・敷島)(7戦全勝)。

・三段目優勝=西38枚目・山中山(最高位=十両13枚目)(7戦全勝)。

・序二段優勝=東106枚目・紫尾山(7戦全勝)=2人による決定戦。

・序ノ口優勝=西31枚目・黒野(7戦全勝)。

http://gans01.fc2web.com/H0/H4-1.html
Special Thanks To Mr. gans


画像
画像
画像

●新入幕
・立洸 熊五郎(たつひかり くまごろう)=昭和44年10月25日生まれ、北海道出身、立浪部屋。
画像

・北海道知床の出身で愛称は「熊」。熊の絵をあしらった化粧廻しを愛用した事もあり、四股名の熊五郎も自分で付けたと言う。体力に恵まれ、腰の重さは角界でも1.2を争った、立ち合いに相手に攻め込まれても、右でも左でも一旦廻しを取れば、、土俵際からじわじわ攻め返して、逆転すると言う地力の持ち主。のんびりした性格で稽古に打ち込むむタイプではなかったが、大翔山、大翔凰の進出に刺激されて欲が出て入幕したが、体調を崩して関取を座を失った。引退後は飲食店やコインランドリーを経営した。現役時代は、厳つい風貌と堂々とした体格で正に熊の様であった。同時期に十両、幕内で大刀光が活躍しており、四股名の読みが似ている二人の取組は実況泣かせだった。

・本名=石橋 義光(いしばし よしみつ)。
・四股名=石橋→立洸。
・初土俵=昭和60年3月場所(15歳)。
・十両昇進=平成3年1月場所(21歳)。
・最終場所=平成11年3月場所(30歳)=東幕下59枚目(1勝4敗)。
・最高位=前頭6枚目。
・幕内在位=8場所。
・幕内成績=45勝75敗。
・三賞受賞=無し。
・金星獲得=無し。
・身長、体重=192cm、191kg。
・得意手=左四つ、寄り切り。

・大相撲テレビ観戦記=ブログ一覧
http://37021207.at.webry.info/200710/article_14.html

・新入幕・引退力士一覧A
http://37021207.at.webry.info/200706/article_16.html

・幕内力士五十音別索引
http://37021207.at.webry.info/200706/article_15.html

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この場所の千秋楽は忘れられません。
いや、貴花田の初優勝ではなく、戦った三杉里の心情と顔の表情です。
三杉里は二子山部屋の力士でしたし、貴花田は理事長の甥っ子(実は孫)でしたので、空気を読んだ三杉里はかわいそうでした…(涙)
桜川
2008/09/13 21:03
桜川関、お早う御座います。おおっ!流石、注目点が鋭いですね!嘗ては同じ釜の飯を食った兄弟弟子・・・。確かに三杉里は完全に敵役でした。>空気を読んだ三杉里はかわいそうでした…(涙)=心中は如何ばかりだったでしょうね。
まろすまし
2008/09/14 08:07

コメントする help

ニックネーム
本 文
●洋楽編です→http://46309727.at.webry.info
平成4年(1992年)1月場所 油すましの独り言・・・。(大相撲編)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる