油すましの独り言・・・。(大相撲編)

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zoom RSS 平成3年(1991年)11月場所

<<   作成日時 : 2008/09/09 00:01   >>

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「大相撲テレビ観戦記」
・幕内では、先場所平幕優勝した西小結の琴錦と西大関の小錦が優勝を争い、14日目の直接対決で琴錦が押し出して小錦を破り2敗で並びました。千秋楽、琴錦は東張出小結の若花田の速い動きに屈し押し倒され、小錦は巨体を利した相撲で東大関の霧島を圧倒し押し出し、小錦が一昨年の11月場所以来12場所振り2回目の優勝を果たしました。此れで昭和47年(1972年)以来19年振りで年6場所の優勝力士が全て異なりました。琴錦は連続優勝を逸し、今場所後の大関昇進も無くなりました。東横綱旭富士は、先場所の途中休場同様慢性膵臓炎及び、脊椎分離症のため全休しました。西横綱北勝海は、休場明けで奮闘したのものの左膝内側側副靱帯損傷及び、変形性膝関節症のため中日から休場しました。東大関の霧島は10勝でした。年間最多勝の霧島は62勝58敗。此れまで最も少ない昭和44年(1969年)の北の富士、47年(1972年)の輪島の63勝を下回りました。

・三賞は、殊勲賞は優勝次点に終わった琴錦が4回目、敢闘賞は新入幕で11勝を挙げた東前頭12枚目の武蔵丸が初めて、技能賞は巨漢の曙を内掛けで下した相撲が特に評価された東前頭9枚目の舞の海が2場所連続2回目の受賞しました。尚、新入幕から2場所連続で技能賞を受賞したのは、史上初めての快挙でした。

・十両では、西2枚目の立洸、西4枚目の若翔洋、西5枚目の常の山、東9枚目の大岳の4人が10勝5敗で並び、決定戦の末、大岳が初めて優勝しました。

・幕下優勝=西4枚目・大鈴木(最高位=十両5枚目・豊富士)(7戦全勝)。

・三段目優勝=東4枚目・岸の里(7戦全勝)。

・序二段優勝=西11枚目・前台興(7戦全勝)=2人による決定戦。

・序ノ口優勝=東32枚目・北東(6勝1敗)=6人による決定戦。

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●新入幕
・大善 尊太(だいぜん たかひろ)=昭和39年12月14日生まれ、大阪府出身、二所ノ関部屋。
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・父は元宮城野部屋の三段目力士菊葉山、母は無類の相撲教育ママ。実家は3月場所が開催される大阪府立体育会館の直ぐ近く。3月場所では熱心に応援する母親の姿が良く見られた。柔軟性に乏しく、お世辞にも素質的にはそれほど恵まれているとは言えないが、極めて稽古熱心で努力家、二所一門の連合稽古は勿論、一門外の出羽海部屋等にも出稽古して汗を流した。その甲斐もあって平成6年3月場所には小結に昇進して、故郷に錦を飾った。平成7年5月場所に十両に落ちてから暫く低迷が続いたが、精進を怠らず平成11年5月場所、25場所ぶりに再入幕を果たした。此れは当時の入幕間隔最長記録である(後に和歌乃山が更新)。平成13年11月場所10日目、此の日まで全勝の横綱武蔵丸を寄り切って2個目の金星を挙げた。此の時大善は36歳10ヶ月、年6場所制度が確立して以降では最年長金星であった。インタビューでは「今が全盛期です」と言う名言を残した。平成14年3月場所には千秋楽、勝って10勝目を挙げれば敢闘賞受賞が決まっていたが、ガチガチに緊張してしまい敗れて惜しくも受賞はならなかった。平成15年1月場所、十両で大きく負け越し幕下陥落が確実となったが、次の3月場所がご当地場所であるため1場所だけ幕下で取って3月場所限りで引退。年寄富士ヶ根を襲名し、二所ノ関部屋付きの親方として後進の指導にあたっている。此の間、平成12年7月場所の一場所、及び平成13年7月場所から翌平成14年9月場所までの間、幕内最年長力士であった。他の幕内最年長力士が錚々たる面々である事を思えば、やや地味な力士であった大善だが、此れは立派な勲章と言える。

・本名=高橋 徳夫(たかはし とくお)。
・四股名=高橋→高橋山→大善。
・初土俵=昭和56年3月場所(16歳)。
・十両昇進=昭和63年3月場所(23歳)。
・最終場所=平成15年3月場所(38歳)=東幕下筆頭(2勝5敗)。
・最高位=小結。
・幕内在位=35場所。
・幕内成績=235勝290敗。
・三賞受賞=無し。
・金星獲得=2個。
・身長、体重=189cm、160kg。
・得意手=左四つ、寄り切り、上手投げ。

・武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)=昭和46年5月2日生まれ、米国ハワイ州出身、武蔵川部屋。
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・外国人力士2人目の横綱。ギョロリとした瞳、東京・上野の西郷隆盛像を思わせる風貌、バランスの取れた固太りの体躯。突き、押しの威力はもとより、組んでも中々の力を発揮した。入門から僅か2年で入幕を果たし、新入幕の平成3年11月場所に敢闘賞を受賞、その後も順調に昇進、6年3月場所後には貴ノ浪と共に大関に昇進。平成8年1月に日本国籍を取得して帰化した。平成11年3月場所、5月場所と連続優勝して横綱になった。横綱4場所目に初めて休場。連続勝ち越しは55場所でストップし、此の頃から故障が目立つ様になり、以降左手首の故障に悩まされる事になる。平成14年1月場所、左手首の故障再発で途中休場。同年9月場所は千秋楽横綱相星決戦では、長期休場明けの貴乃花を倒して、13勝2敗で12回目の幕内優勝を果たした。その優勝のインタビューで武蔵丸は「今までの優勝の中で一番嬉しい」とコメントする。しかし皮肉にも、此の場所が貴乃花と武蔵丸にとって、15日間皆勤した最後の場所となってしまった。同年11月場所中、武蔵丸は持病の左手首の故障が悪化したため6日目から途中休場した(前日の取り組みは貴ノ浪と対戦し下手投げで敗れていた)。場所後手術を決意し、その後全休と途中休場が続いたが、手術した左手首は結局全快する事は無かった。平成15年1月場所限りで引退した最大のライヴァル貴乃花の後を追う様に、武蔵丸も同年11月場所限りで遂に現役を引退した。現役最後の相撲となった11月場所7日目の土佐ノ海戦で引っ掛けにあっけなく土俵を割り、武蔵丸が思わず天を仰いだ姿を見せたのは有名である。引退会見では、高校時代にアメフトで首を痛めており、入門当初から左肩には力が入らなかったと言う衝撃の事実を明らかにした。武蔵川親方にすら引退会見のその時まで語った事のなかった痛みを抱えながら、14年間で通算連続勝ち越し55場所(歴代1位)、外国出身力士最多優勝回数12回(当時、現在は朝青龍が保持)を記録した。引退後は、年寄武蔵丸として武蔵川部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっている。尚、武蔵丸は年寄名跡を取得していないため、本来は年寄として活動する事は出来ないが、横綱は引退後5年間は現役時の四股名で一代年寄として活動出来る制度があり、武蔵丸は此れを利用している。だが此の場合、期限となる平成20年11月までしか日本相撲協会に留まる事が出来ない。此のため、期限が差し迫っている状況に置かれているが、武蔵丸は今後の進退については未だ言及していない。11勝から15勝の 5種類全ての勝ち星での幕内優勝経験を持つ史上唯一の力士。 6回目の幕内優勝で 6場所全ての幕内優勝を果たした。歴代の横綱で最重量。金星獲得は無いが、平幕時代に横綱と対戦した事がないためである。横綱初挑戦は関脇時代の対曙戦だった。平成20年4月、フラダンス教室経営の女性と入籍、同年8月23日ハワイで挙式。

・本名=フィヤマル・ペニタニ→武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)。
・四股名=武蔵丸。
・初土俵=平成元年9月場所(18歳)。
・十両昇進=平成3年7月場所(20歳)。
・最終場所=平成15年11月場所(32歳)=西横綱(3勝5敗)。
・最高位=第67代横綱。
・幕内在位=73場所。
・幕内成績=706勝267敗115休。
・優勝=12回。
・三賞受賞=殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞2回。
・金星獲得=無し。
・身長、体重=192cm、237kg。
・得意手=突き、押し、右四つ、寄り切り。

・貴ノ浪 貞博(たかのなみ さだひろ)=昭和46年10月27日生まれ、青森県出身、藤島→二子山部屋。
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・長身で懐が深く、右で上手を引けば強力な投げ技を持っていた。入門以来4年半で入幕と、出世は極めて早い方だが、師匠にすれば「此れでも期待よりは1年遅かった」と言う。新入幕の平成3年11月場所は初日から行き成り7連勝して脚光を浴びた。武蔵丸と同時大関昇進。平成8年1月場所初優勝。スケールの大きな取り口は魅力的で、一時は武蔵丸より先に横綱になるのではないか、と注目された事もあったが、平成11年9月場所中に足を痛めて、入幕後から引退までで唯一の休場を経験する。次の11月場所、角番の場所で負け越し、関脇に陥落が決定となった。その直後の平成12年1月場所では、千秋楽で10勝に到達し、何とか1場所で大関に復帰した。1場所での大関復帰は、昭和51年7月場所の元横綱三重ノ海以来、24年振りの出来事だった。しかし大関復帰後は、3月場所と5月場所とを大関2場所連続負け越しにより、再び関脇に陥落となり、その後2度目の大関復帰はならなかった。大関在位37場所は当時、師匠の二子山(元貴ノ花)らに続いて歴代4位だった(後に千代大海、魁皇に抜かれて現在歴代6位)。一度陥落した後2場所だけ返り咲いたために、4代目朝潮太郎を1場所上回った。大関として353勝も、歴代3位であると共に、同時に大関になった武蔵丸と同数だった。平幕に陥落してからは、「自分にしか取る事の出来ない(スケールの大きい)相撲で観客を沸かせたい」と魅せる相撲に徹し、大関時代にも勝る歓声を得た。また前頭筆頭の地位だった平成14年11月場所には、かつて同時に大関に昇進した横綱武蔵丸に平幕力士として勝ち、大関昇進以前にも取った事のなかった初の金星を獲得、また大関昇進直前の平成6年1月場所以来、8年10ヶ月振り3回目の敢闘賞も受賞した。尚、その後も平成15年7月場所で前頭3枚目の地位で再び横綱武蔵丸に勝利、2つ目の金星となった(此の場所が武蔵丸との現役最後の対戦となった)。しかしその平成15年は、全6場所で負け越しを喫している。平成16年1月場所、此の場所の7日目に前場所十両で優勝し馬力相撲で幕内まで駆け上がって来たグルジア出身の黒海と対戦した。此の日の出の勢いの新入幕の若手を、肩越しの上手から豪快に振り回して投げ飛ばし、元大関の貫禄を存分に示した。此の一番は未だにファンの間では語り草である。正に貴ノ浪にしか取れない相撲であった。此の相撲で勢いづいたか、1年振りに勝ち越し。此れが現役最後の勝ち越しとなる。同年5月場所前には大関時代から悪かった心臓の不調で入院。重篤そのもので相撲を続けられる状態ではなくなってしまい、此の場所の初日から良い所無く2連敗を喫し、3日目の不戦敗で遂に引退を表明。年寄音羽山を襲名した。大関から陥落して24場所も相撲を取り続けた。此れは小錦と並ぶ記録である。平成17年1月30日、両国国技館で断髪式が行われた。此の式には癌を患っていた師匠の二子山親方も病院から訪れて髷に鋏を入れると、貴ノ浪は堪えきれずに涙を流し、来場者の感動を呼んだ(最後の留めバサミを入れたのは一代年寄の貴乃花親方)。元横綱武蔵丸とは幕内で58回も対戦し(貴ノ浪の21勝37敗)、互いに良きライヴァルと認めていた。また、此の幕内対戦回数の58回は、大相撲史上1位の記録である(史上2位は北の富士対清國の52回)。また、土俵上では、取り組み中に落ちたさがりを足で蹴飛ばしたり、土俵の控えにいても、普通は審判員がつける物言いを控え力士の立場からつける(控え力士には土俵上の相撲を監察する義務があり、物言いをつける権利もある。但し、協議には参加出来ない)等、強心臓振りを発揮している。昭和後期以降、控え力士が物言いをつけたケースは他に確認出来ず、平成に入ってからでは唯一のケースである。自称日本相撲協会のスポークスマン、影の広報部長と称し、自身の取組について勝っても負けても、ユーモアたっぷりにマスコミに回答したり、力士の裏話を公表したりと、マスコミからの人気は高い。

・本名=浪岡 貞博(なみおか ただひろ)。
・四股名=浪岡→貴ノ浪。
・初土俵=昭和62年3月場所(15歳)。
・十両昇進=平成3年3月場所(19歳)。
・最終場所=平成16年5月場所(32歳)=東前頭13枚目(0勝3敗)。
・最高位=大関。
・幕内在位=76場所。
・幕内成績=647勝473敗8休。
・優勝=2回。
・三賞受賞=敢闘賞3回。
・金星獲得=2個。
・身長、体重=197cm、173kg。
・得意手=左四つ、寄り切り、上手投げ、河津掛け。

・鬼雷砲 良三(きらいほう りょうぞう)=昭和41年1月5日生まれ、神奈川県出身、高田川部屋。
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・高田川部屋の前乃臻に続く2人目の幕内力士。鬼+雷電+大砲の取り合わせと言う、如何にも強そうな四股名だが、その前は浜千鳥と言う優しい四股名を名乗っていた。十両と幕下の往復を暫く繰り返したが、体が一回り大きくなってから、体を生かして前に出る正攻法の取り口が光り、体の柔らかさと共に、差し身の良さも目だった。兄も力士(前乃富士)だったが幕下で廃業、兄弟関取はならなかった。引退後、相撲協会に残り、年寄佐ノ山、山響と襲名したが、平成11年3月場所後に相撲協会を退職。退職後は東京でラーメン屋を経営したり、新潟の温泉旅館で働いていた。

・本名=内間 良三(うちま りょうぞう)。
・四股名=内間→前秀峰→秀峰→浜千鳥→鬼雷砲。
・初土俵=昭和56年3月場所(15歳)。
・十両昇進=昭和63年3月場所(22歳)。
・最終場所=平成8年7月場所(30歳)=東幕下11枚目(3勝4敗)。
・最高位=前頭4枚目。
・幕内在位=25場所。
・幕内成績=177勝198敗。
・三賞受賞=無し。
・金星獲得=無し。
・身長、体重=189cm、159kg。
・得意手=左四つ、寄り切り。

・大相撲テレビ観戦記=ブログ一覧
http://37021207.at.webry.info/200710/article_14.html

・新入幕・引退力士一覧A
http://37021207.at.webry.info/200706/article_16.html

・幕内力士五十音別索引
http://37021207.at.webry.info/200706/article_15.html

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